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神戸地方裁判所 昭和48年(行ウ)22号 判決

原告 江本ふさ子 ほか三名

被告 兵庫税務署長

代理人 岡崎真喜次 浅田安治 安居邦夫 ほか二名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  請求の原因1項ないし7項の事実はいずれも当事者間に争がない。

二  そこで、本件再更正処分(但し、国税不服審判所長が昭和四八年三月二九日付でなした裁決により減額された部分及び本件再々更正処分により減額された部分を除く。以下「本件処分」という。)の適否を検討する。

本件処分の前提となつた亡清次の相続財産等につき、別表(八)の番号15、同41ないし44を除くその余の項目にかかる事実、番号15のうち訴外会社の株式を原告江本勝美が四、〇〇〇株取得した事実は原告らにおいて明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。そうして、別表(六)、(七)記載の各人の訴外会社の株式の保有状況等については、いずれも当事者間に争がない。

そうすると、本件訴訟における争点は、相続時における訴外会社の株式の時価如何及び別表(六)、(七)記載のとおり原告らが取得した新株引受権が、相続税法九条にいう「利益」に該当するか否か、該当するとしていかなる限度で亡清次から贈与に因り取得したものとみなされ、その取得時における新株引受権の価額如何ということになる。以下、順次、判断する。

三  まず、訴外会社の株式の時価について判断する。成立について争のない乙第三号証(相続財産評価に関する基本通達、以下「通達」という。)によれば取引相場のない株式の価額評価方法として類似会社(類似業種)比準方式、純資産価額方式、配当還元方式、及び売買実例の価額による方式があることが認められる。そうして、訴外会社は後記認定のとおり豆腐、こんにやくの製造販売を目的とする個人形態の会社であり、また、本件相続開始時における訴外会社の資本金は金八〇〇万円、発行済株式数一万六、〇〇〇株であり、そのうち八五パーセントを原告ら一族が、他を従業員らが保有しており、その株式は上場株式及び気配相場のある株式以外の取引相場のない株式であつて、右相続開始時以前において客観的交換価値を適正に反映する売買実例もなかつたこと、訴外会社の役員も殆ど原告ら一族で占められていることは原告らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものとみなすことができる。そうだとすれば、訴外会社の業種、規模、株式の保有分布状況とか、その売買実例の存しない事実にかんがみ、訴外会社は個人類似の会社と異るところはないから、その株式については会社資産、負債を、その帳簿価額にかゝわらず、個人の事業用財産と同様に評価し、その評価額による一株当りの純資産価額によつて評価するのが合理的であると解せられる。

四  そこで、訴外会社の純資産価額について考えてみるに、相続開始時である、昭和四三年九月二〇日現在(その外、後に、新株引受権の価額を判断するに当り右相続開始前三ヶ年以内に訴外会社が増資された時期の純資産額が問題となるので、右時期である、昭和四〇年九月二三日、昭和四二年七月二五日現在)における資産及び負債のうち別表(三)ないし(五)の「資産の部」及び「負債の部」記載部分については当事者間に争がない。被告は右の外、別表(三)ないし(五)のうち、「修正申告により加算したもの」(昭和四〇年分)と「調査により加算したもの」(昭和四二年分及び昭和四三年度)欄記載部分をも訴外会社の資産であると主張し、原告らはこれを争うのでこの点について検討する。<証拠略>を総合すれば、

1  訴外会社は、昭和二八年、亡清次の経営する豆腐、こんにやくの製造販売業の江本商店(神戸市兵庫区金平町)と亡清次の実弟富永の経営する豆腐の製造、販売業の店(同市同区荒田町)とを合体して設立されたもので、神戸市兵庫区金平町の営業所を本店、同市同区荒田町の営業所を支店とし、当初、亡清次が代表取締役社長となり、昭和三三年頃以降は実弟の富永がその地位に就任したのであるが、実態的には両営業所は独立採算制をとり、従前どおりの営業形態を維持し、それぞれ、独自で、仕入、販売をなし、従業員の給料その他の経費を支払い、荒田営業所においては富永が、自ら、銀行帳、伝票類を記帳し、毎日の売上げについては右伝票類のみを本店へ届出で、本店では経理担当従業員が右伝票類のみに基づいて記帳をなし、それ以上、荒田営業所の営業について監査することもなく、決算時には、本、支店の決算の数字を合算して整理していたこと、

2  兵庫税務署は訴外会社の昭和三八年四月一日から昭和三九年三月三一日までの事業年度以降昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日までの事業年度に至る各事業年度の法人税につき、売上除外による過少申告の疑いがあり、架空預金が発見され、また、訴外会社の差益率が他の同種業者のそれに比し、著しく、低いことから、昭和四三年九月九日、訴外会社に対し特別調査を開始し、同税務署所属の訴外豊原調査官らが荒田営業所を調査することとなり、同月一七日、訴外会社の取引銀行たる神戸銀行湊川支店に赴き、さきに荒田営業所備付の銀行帳記載の小切手のうちから選んだ分について小切手の裏書名を探り右名義から、大川理の架空名義の普通預金を発見し、右預金名義を基にして、いもづる式に森下英次、若原恒夫、山中清、前田弘、大川理及び顕谷捨吉の架空名義の普通預金が、いずれも預入と解約の時期、預入額にかんがみ、順次、一連のつながりのあることが判明し、また、出発点にあたる森下英次名義の普通預金について届出のあつた印鑑簿と記載の電話番号は富永のものと一致したこと、つづいて右普通預金の中から、まとまつた出金が、定期預金に入金され、右定期預金は、昭和四二年四月頃以降同年一〇月頃までの間に、殆ど、解約されていたこと、

3  そこで、兵庫税務署は右各普通預金の推移等を詳細に分析、検討したうえで(<証拠略>参照)、同年一〇月一一日、富永の出頭を求め、前記架空名義の普通預金について説明を求めたところ、富永は、当初、これを否定していたが兵庫税務署において右架空名義の預金について作成しておいた預貯金等出入表(<証拠略>)をも示して、同人を追及した結果、同人は荒田営業所の一日の売上げ分金一〇数万円程度のうち、その半分のみを同営業所の売上げ額として本店へ届出で、その余を除外して裏勘定として、前記架空名義の普通預金口座に振り込んだことを是認し、また、右中山清名義の普通預金を解約したうち金五〇〇万円を無記名の定期預金にしたことをも認め、その余の売上除外金による資産については日興証券神戸支店の中村大蔵(架空)名義の貸金庫の中に保管している旨申出たゝめ、同日、右貸金庫の調査が行われたこと、一方、兵庫税務署は訴外会社の取引銀行の担当員より、訴外会社においては一日の売上金のうち硬貨はこれを三つの麻袋に分納し、富永の指示により、右取引銀行がその一つを訴外会社名義の当座預金に、その余を前記架空名義の普通預金に、それぞれ、受入れていたとの説明を受けたこと、

4  前記の申出による日興証券神戸支店における調査の結果、貸金庫の内から定期預金四六口計金四、七四六万二、〇二三円、電話債券六口計金二四万円、有価証券計金三、七六五万円、増資貸付証書金一〇〇万円、土地権利証等の外、神戸銀行に預けられた無記名定期預金の推移を記載したノート(兵庫税務署において右ノートを複写して乙第一三号証を作成)が発見され、兵庫税務署においてこれら資料を整理、検討し、富永に対し右資料につき、個々、具体的に、何回も、説明を求め、納得を得た上で、前記事業年度別に損益表と財産簿によつて所得を計算し、最終的に、別表(三)中「修正申告により加算したもの」及び別表(四)、(五)中「調査により加算したもの」を、それぞれ、資産として記載された別口貸借対照表と損益計算書(<証拠略>)を作成し、昭和四三年一一月八日、これを富永に示し、その確認を求めたところ、富永も右資産が、いずれも、訴外会社に帰属することを認めたので、各事業年度別に確認書を徴取したこと、

5  富永は、昭和四三年当時、訴外会社からの収入と家賃収入以外にはさしたる収入源もなく、生活費と、収支、ほゞ、均衡し、また、前記調査の間、荒田営業所における売上除外の事実及びそのために税務署から調査を受けるに至つたことを家庭にも、また本店にも隠そうとしたこと、

6  以上に基づき、同月一一日、訴外会社の昭和三九年四月一日から昭和四〇年三月三一日までの事業年度分については別表(三)の数値を前提として訴外福田公認会計士において当期所得額及び税額を計算し、富永がこれを容認のうえ、修正申告書(<証拠略>)が作成され、昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日まで、昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日までの各事業年度分については、別表(四)及び(五)の数値を前提にして、同月二五日、訴外会社に対し、法人税更正決定がなされ、右決定は訴外会社から何らの不服申立なく確定していること、

以上の事実が認められる。

五  ところで、証人富永隆美(第一、二回)の証言中には、前記架空名義の預金等は、富永自身が昭和二二、三年頃から株式や投資信託によつて得た利益金や配当金等の個人資産であつて、前記確認書は、税務署が富永に対し、同人の脱税を公表して、同人の営業活動を破綻させるなどと脅迫した結果、強制的に同人に押印させたものである旨の供述部分がある。しかしながら、<証拠略>によれば前記認定の兵庫税務署における特別調査の過程において発見された架空名義の普通預金やその他の資産について富永はその収入源について格別の説明をしていないことが認められる。そうして、前記認定事実によれば、訴外会社は、もともと、二つの独立した同種の個人営業であつたものが、税金対策の面から会社組織になつたものと考えられ、その実態においては、訴外会社設立後も、従前と殆ど変わりがなく、富永としても荒田町営業所における営業収入も従前どおり個人の収入と考え易く、その一部を会社の営業収入から除外するようになり、右除外された資産からさらに得られた収益はより一層個人資産と考え易く、一方において、本店に対し、右売上除外の事実及び右発覚による法人所得税の更正処分のあつたことは本店へ知られたくなかつたものと考えられるところであり、また、前記特別調査の経過に照らし、その間、兵庫税務署調査官から富永に対して、いろいろ、追及、説明又は説得がなされたであろうことは、当然、推測されるところであるから、これらの点にかんがみ、証人富永隆美の前記供述は容易に信じられない。他に前記認定事実を覆すに足る証拠はない。

六  以上の事実によれば別表(三)ないし(五)に記載の「修正申告により加算したもの」ないし「調査により加算したもの」の各資産は訴外会社の売上除外金によつて資産化形成されたものというに妨げない。ところで、前記乙第三号証によれば株式一株当りの純資産価額の算出方法としては被告主張1項(三)の(2)のとおり定められている(通達一八八(6))ことが認められ、右算出方法は合理的であると解されるところ、訴外会社の資産及び負債は別表(三)ないし(五)のとおりであるから、右に基づいて前記算出方法によると訴外会社の一株当りの純資産価額は、

昭和四〇年九月二三日 金三、一〇六円

昭和四二年七月二五日 金三、七四一円

昭和四三年九月二〇日 金二、五〇五円

となることが明らかである。そうだとすれば、原告勝美が相続により取得した訴外会社の株四、〇〇〇株の評価額は別表(八)の15項記載のとおりである。

七  次に、新株引受権につき検討する。

相続税法一九条によれば、相続人が相続開始前三年以内に、被相続人から贈与を受けた財産の価額は相続税の課税価格に加算されることとされ、同法九条は無償又は著しく低い対価で利益を受けた場合においては当該利益を受けさせた者から贈与により右利益を取得したものとみなす旨規定しており、かゝる「みなし贈与」が相続税法一九条の贈与に該当することはいうまでもない。そうして、一般に、含み資産を有する会社が増資をすれば、旧株式の価額は増資額との割合に応じて稀釈され、新株式の価額が逆に増加することとなるため増資に当たり増資前の株式の割合に応じて新株の引受がなされなかつたときは、右新株の全部又は一部を引受けなかつた者の財産が、旧株式の価額の稀釈に伴いそれだけ減少する反面、右割合を超えて新株を引受けた者の財産は、それだけ増加するから、後者は前者からその差額分の利益を取得したことと評価しうる。従つて、右利益を無償で取得すれば、相続税法九条所定の「みなし贈与」に該当すると解すべきである。そうして、これらの新株引受権による利益が、相続開始前三年以内に発生しておれば相続税法一九条により相続税の課税価格に加算することとなる。

ところで、亡清次死亡時たる昭和四三年九月二〇日以前三年以内になされた、訴外会社の増資による新株発行とその時期における株式保有状況、引受けた新株数及び増資比率による数は前記のとおり別表(六)、(七)記載のとおりであつて、これによれば新株引受が増資比率に照らし、跛行してなされ、前述のとおり、相続税法九条、一九条に該当し、相続税の課税価格に加算されることとなる。前記乙第三号証によれば、各増資後の株式の評価額について被告の主張2項(三)記載のとおり規定され(通達一八九(2))、また、新株引受権自体の価額は、右「増資後の一株当りの株価」から「新株一株につき払い込むべき金額」を控除した金額とする旨規定されている(通達一九〇)ことが認められるが、右規定の趣旨は、いずれも合理的であると解せられる。本件において、訴外会社の株式の各増資前における評価額は前記第六項のとおりであり、また、別表(六)、(七)のとおり、昭和四〇年九月二三日の増資時における、旧株一株に対する新株の割当数は〇・三三株、昭和四二年七月二五日の増資時におけるそれは一株であることが明らかであり、いずれの場合も新株一株の払込金額は金五〇〇円であることが弁論の全趣旨によつて認められるので、右数値に基づいて前記規定により訴外会社の各増資後の株式の価額を算出すれば被告主張2項(三)記載のとおりとなることが明らかであり、右価額から金五〇〇円を控除した額が各増資時の新株引受権の価額となる。

八  そうして、別表(六)、(七)のとおり昭和四〇年九月二三日の増資時において原告正美、同勝美が、また、昭和四二年七月二五日の増資時において原告正美、同ふさ子が、それぞれ、増資前の所有株式の割合に応ずる数を超えて新株を引受けており、一方において亡清次は各増資時において、いずれも、増資前の所有株式の割合に応ずる数を下廻つて新株を引受けたことが明らかであるから、原告らは、いずれも、各増資時において、右割合を超える新株引受権の一部については亡清次より同人の右割合に不足する新株引受権の一部の贈与を受けたものということができ、その数は被告主張2項(四)記載の方式によつて算出することが合理的であり、右によれば原告らが亡清次から贈与を受けた訴外会社の新株引受権の株数は別表(六)、(七)中原告らが「江本清次から贈与を受けた新株引受権の数」として算出しているとおりである。そうだとすれば原告らが亡清次から贈与を受けた新株引受権の評価額は別表(八)41項ないし44項記載のとおりである。

九  以上のとおり、被告が別表(八)の番号15のとおり、原告勝美の相続した訴外会社の株式四、〇〇〇株の価額を金一、〇〇二万円(一株金二、五〇五円)と評価し、また、同表番号41ないし44のとおり原告らが新株引受権の贈与を受けたものとみなして、昭和四〇年九月二三日の増資につき原告勝美分、一一八株、金二三万一、一六二円(一株金一、九五九円)、原告実分、同一一八株、昭和四二年七月二五日増資の分につき、原告正美分、四七株金七万六、一四〇円(一株金一、六二〇円)、原告ふさ子分、同九四株金一五万二、二八〇円と、それぞれ、評価して、加算した点に誤りはなく、結局、亡清次の相続財産(みなし贈与を含む)の明細、その価額及び取得者は別表(八)記載のとおりであつて、これにより課税価格、相続税を計算すれば別表(九)、(一〇)記載のとおりであつて、右と同旨の本件再更正処分(国税不服審判所長が昭和四八年三月二九日付でなした裁決により減額された部分及び本件再々更正処分により減額された部分を除く。)に原告ら主張の違法の点は存しない。

一〇  よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村捷三 住田金夫 池田辰夫)

別表(一)ないし(一〇) <略>

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